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院長ブログ
2026.10.22
院長ブログ
胸の放射線治療、何年も後に心臓へ影響が!?〜がんを乗り越えた方に知ってほしい、「遅れてやってくる」冠動脈の病気〜

みなさん、こんにちは。大阪北摂地域、箕面船場にある、まにわクリニック院長の馬庭です。
「10年前に受けた、乳がんに対する放射線治療が心臓に影響をおよぼす」
このような話を聞くと
「なぜ10年後に」
と思われる方も多いのではないでしょうか
まだまだがんの治療が十分に確立されていなかった時代では、がんの治療を乗り切ることが
寿命を伸ばす意味で重要でした。
しかし、近年の医学の進歩によってがんの治療によって病気を克服される方も多くなってきています。
そのような中、近年注目されているのが、「がんの治療に関連する心機能障害」です
がん患者の寿命が伸びるに連れて、がんの治療中に受けたダメージが時間が経過して心臓に影響を及ぼす疾患概念です。
循環器の専門誌『Circulation』に、放射線治療のあとに起こる冠動脈(心臓に血液を送る血管)の病気をまとめた総説が掲載されました。
今回はこの論文を起点に、循環器専門医の立場から解説します。
目次
1.放射線はなぜ血管を傷めるのか
2.発症は「すぐ」と「ずっと後」の2つの波
3.研究が示した数字
4.特に気をつけたいのはどんな方?
5.私の考えと、今日からできること
1.放射線はなぜ血管を傷めるのか

放射線治療は、がん細胞の遺伝子を傷つけて増殖を止める、とても有効な治療です。ただ、胸のがんでは、照射の範囲の近くにある心臓や冠動脈にも、一部の放射線が当たってしまうことがあります。
放射線が当たると、体の中で「活性酸素」と呼ばれる反応しやすい物質が生まれ、炎症の連鎖が起こります。その結果、血管の内側を覆う「内皮」の働きが落ち、動脈硬化(血管が硬く狭くなること)が通常より早く進むと考えられています。
身近な例えでいえば、「日焼け」に近いイメージです。夏に浴びた日差しは、その日のうちは少し赤くなるだけでも、何年も経ってからシミやしわとして表に出てきます。血管も同じように、照射からずいぶん時間が経ってから変化が表に出てくることがあるのです。
また、放射線による冠動脈の病気は、血管の入り口に近い部分に、長く線維質の硬い狭窄ができやすいといわれています。照射された場所を反映するため、左の乳がんでは心臓の前面を走る血管(左前下行枝)に起こりやすいのが特徴です。
2.発症は「すぐ」と「ずっと後」の2つの波

今回の総説が強調しているのは、発症の時期が心臓に当たった放射線の量によって大きく異なる点です。
- 心臓に当たる量が多い治療(肺がん、食道がんなど):治療後1〜2年以内に発症することがあります
- 心臓に当たる量が少ない治療(左の乳がんなど):5〜20年という長い潜伏期間を経て発症することがあります
もう1つ大切なのが、症状が見逃されやすいという指摘です。冠動脈の病気では、胸の圧迫感や階段での息切れなどが起こります。ところが、がん治療の後は、治療による疲れ、肺の病気(放射線による肺炎の後遺症など)、がんそのものの症状と重なり、「治療の疲れだろう」と片づけられてしまいがちです。
3.研究が示した数字

総説の土台となっている代表的な研究を見てみましょう。
スウェーデンとデンマークで1958〜2001年に乳がんの放射線治療を受けた女性2,168人を調べた研究では、心筋梗塞などの冠動脈の病気が、心臓に当たった平均線量が1Gy増えるごとに7.4%(95%信頼区間 2.9〜14.5%)ずつ増えていました。「ここまでなら安全」という境目は見られず、増加は治療後5年以内に始まり、20年以上続いていました。
肺がんでは、局所進行の非小細胞肺がん748人を調べた米国の研究で、治療後2年以内に心臓の重い病気を起こした方が約5.8%いて、心臓への線量が多いほど危険が高まっていました(1Gyあたりハザード比1.05)。同じグループの別の研究では、心臓全体よりも、冠動脈そのものに当たった量が重要である可能性が示されています。
一方で放射線治療の技術の進歩によって心臓に対する影響が緩和されているデータも報告されています。日本からの報告で、東北大学で乳房温存手術後に放射線治療を受けた311人を約10年追跡した研究では、心臓の病気は12人(3.9%)で、左の乳がんでは4.2%、右では4.3%と、ほとんど差がありませんでした。比較的新しい照射技術の時代では放射線の照射による直接的な影響は緩和されている可能性が示唆されます。
4.特に気をつけたいのはどんな方?

総説では、次のような方で危険が高くなりやすいとされています。
- 治療を受けた年齢が若い方(それだけ先の人生が長いため)
- もともと高血圧、糖尿病、脂質異常症、喫煙などの危険因子がある方
- 心臓に負担をかけることがある抗がん剤を併用した方
もともとの危険が高い方ほど、増える人数(絶対的な増加)は大きくなる可能性があります。先ほどの日本の研究でも、心臓の病気と最も強く関連していたのは高血圧でした(つまり、元々血管や心臓に障害を起こしうる病気を持っている人のほうが、より悪影響を受けやすい)。
一方、現在の照射技術で長期的にどの程度の危険が残るのか、病気になったときにカテーテル治療と手術のどちらがよいのかは、総説の著者ら自身も「まだわかっていない」としています。
5.私の考えと、今日からできること
日本では、乳がんは女性で最も多いがんで、生涯で9人に1人がかかるといわれています。乳房温存手術の後には放射線治療を行うのが標準で、治療を終えて長く元気に過ごされる方がとても多いがんです。また、日本では食道がんに対して抗がん剤と放射線を組み合わせる治療も多く行われています。つまり、この話題は決して他人事ではありません。
当院にも、がんの治療を終えた後に、血圧やコレステロールの管理で通院されている方がいらっしゃいます。その場合は、定期的な血液検査、血管は心臓の機能のチェックを行い、その方のリスクを慎重に判断し、長期的な観点で治療にあたっています。
「放射線を受けたから必ず心臓が悪くなる」わけではありません。大切なのは、ご自身の治療歴を知り、心臓の危険因子を早めに整えておくことです。
・治療歴を伝える:かかりつけ医に、放射線治療を受けた部位(左右も)と時期、使った抗がん剤を伝えましょう
・「疲れのせい」で片づけない:階段や坂道での息切れ、胸の圧迫感が出てきたら、早めに受診しましょう
・危険因子を測る:血圧、LDLコレステロール、血糖を一度きちんと確認しましょう
・たばこをやめる:放射線と喫煙は、どちらも血管を傷めます
・長く見守る:乳がんの方は、治療から5年以上経っても油断せず、定期的に確認しましょう
人は千差万別で、必要な検査や対策も一人ひとり異なります。他の人の体験談で決めるのではなく、あなたに何が必要かを一緒に考えていきましょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
参考文献
- Xia J, Kim J, Sharma A, et al. Radiation Vasculopathy of the Coronary Arteries: State-of-the-Art Review. Circulation. 2026;154(16):1627-1645. doi:10.1161/CIRCULATIONAHA.126.079541
- Darby SC, Ewertz M, McGale P, et al. Risk of ischemic heart disease in women after radiotherapy for breast cancer. N Engl J Med. 2013;368(11):987-998.
- Atkins KM, Rawal B, Chaunzwa TL, et al. Cardiac Radiation Dose, Cardiac Disease, and Mortality in Patients With Lung Cancer. J Am Coll Cardiol. 2019;73(23):2976-2987.
- Atkins KM, Chaunzwa TL, Lamba N, et al. Association of Left Anterior Descending Coronary Artery Radiation Dose With Major Adverse Cardiac Events and Mortality in Patients With Non-Small Cell Lung Cancer. JAMA Oncol. 2021;7(2):206-219.
- Segawa E, Jingu K, Umezawa R, et al. Cardiac impacts of postoperative radiotherapy for breast cancer in Japanese patients. J Radiat Res. 2023;64(3):569-573.